おとなになりたい





抱きっ  ある晩、いつものごとく傍らにちょこんと座り込んでじっとミレイユを見つめていた霧香は。
 意を決したように言ったのだ。
「ミレイユ・・・・・・好き」
 ミレイユは霧香の方を見もしないであっさり返した。
「知ってるわ」
「・・・・・・」
 何しろ霧香ときたら四六時中、「ミレイユ大好き〜」というオーラを全身から発して、いつもいつもじっとミレイユのこと見ているのだ。
 そりゃわかるわ。
 問題はそこではなく。
 どれだけ本気なのか、とか、どこまでわかってんのか、ということなのだけれど・・・。
 読んでいた本を置いてとりあえず霧香をそっと抱き寄せると、ミレイユは甘〜い声で耳元にささやきかけた。
「霧香・・・キスしたこと、ある?」
「うん」
「はあっ?!!」
 即答した霧香に、おもろい叫びをあげてしまったのもムリからぬこと。
 根拠もなく絶対的な確信を持って「ない」という返答を待っていたミレイユだった。
 その剣幕に、何かいけないことを言ったかと、霧香はきょとんとしている。
「・・・・・・・・・・・・誰と?」
「クロエ」
「・・・・・・」
 訊かなきゃいいのに、それでもハッキリさせずにはいられない、それもまた性分。
 ミレイユは自分でもちょっと恨めしい。
「へーえ。どんなキスしたの?あたしにも同じようにして?」
 こめかみをぴくぴくさせながらうながすと、少し考えてから霧香はミレイユの肩にそっと手を置き、唇を重ねた。軽く。
 身を離しながらこんなだったかな、などと考えてみる。
 あまり、あの時の事はよく覚えていないのだ。
 一瞬だったし。
「それだけ?」
「うん」
 見るとミレイユはくちびるの端をあげて。にやーりと笑った。
 勝ち誇ったように。
「?」
 ミレイユの心理をいまいちつかめず途方にくれる霧香に、ミレイユはさらに促した。
「じゃ、今度は、あんたがしたいようにして?」
「あ・・・」
 少し頬を赤らめ、おずおずと、霧香は指先でミレイユの頬に触れ、それからまた触れるだけのキスをした。
「それだけ?」
 からかうように鼻先を近づける。
「っ・・・・・・」
 答えに窮して、霧香は息をついた。
 この距離だと。
 頚部を圧迫したり。
 腕を廻して延髄に凶器をつきたてたり。
 頚動脈を切るとか。
 思いつくのは、そんなことばかり。
 しかし、それは人を殺す方法で。
 そんなことしたらミレイユ、たしかに天国に行けるけど…。
 その天国は、ちょっと違う。
 ここでミレイユが地獄に行く可能性はちっとも考えないのが霧香だった。

 それはさておき、霧香にはこっから先、他にどうしたらいいもんかさっぱりわからなかった。
「ミレイユ・・・」
「なに?」
「わたし、人は殺せるけど・・・」
「・・・・・・」
「こういうとき、どうしたらいいのか・・・・・・」
 あたしを殺す気かい!
 言葉を失ったミレイユに向かって、霧香はすまなそうに続けた。
「・・・・・・今度、ちゃんと勉強しておくから」
 どうやって?!
 びしい!と擬音語までつけて頭の中でツッコミをいれるミレイユ。
 しかし、ここで突っ込んではいけないのだ。
 このペースでいつもずるずると、ボケツッコミの漫才コンビになるわけ。
 それじゃいっこう進展しない。
「じゃ、あたしが好きにするわ」
「あ・・・?」
 あらためて霧香の細い体に腕をまわして、頬を寄せた。
 自分よりひとまわり小さい小柄な体をそっと抱きしめる。
 やわらかく、けれど隙間なくぴったりと。
 ゆっくり背中をなであげると、霧香もミレイユの背中に手を回し、力を込めてぎゅうっと抱き返してきた。
(ああ・・・・・・)
 腕の中の存在の安堵感。その思いがけない程の心地良さに、ミレイユは声にならない長い長い吐息をもらした。
 胸の中に溜まっていた気持ちを開放するように。
 ずっと待ち望んでいたのは、自分の方だったのかも。
 そう思うと気恥ずかしいのとちょっぴり悔しい。
「ミレイユ・・・・・・どきどきしてる」
「!っ・・・」
 一瞬、言い当てられたかと思ったミレイユだったが、
「わたし、心臓が・・・うるさい?」
 腕の中の霧香も気付くと鼓動がかなり早い。
「あんたでも・・・どきどきするんだ?」
 なんだか可笑しい。
 あまり見た目には変わりがないけれど。
 霧香が動揺するのなんて、あまり見た事がない。
「なによ、メロメロじゃない・・・」
 どっちが、とも告げずにミレイユはささやいた。



 まだ朝も早くに、霧香はぽっかり目を覚ました。
 目の前には安らかに眠るミレイユの寝顔があった。
 いつ見ても、心の底から思う。
 とてもきれいな人。
 ずっと、ちょっと恐れ多くてなかなか触れられなかったけれど。
 昨夜はいっぱい触ってしまった。
 それに、それ以上にいっぱい触られてしまった。
 あんなところまで。
 思い出した霧香はもぞもぞと、居心地悪くて布団に顔をうずめる。

 そういえば。
 と霧香は思い出した。
 昨晩一糸まとわぬ姿で抱き合って、飽きることなく愛しそうに霧香の体を指で辿っていたミレイユはくすりと笑った。
「やっぱり、なんだかまだまだ子供ってカンジ」
 固く閉じたつぼみのように、とか表現すれば耽美だが、要は肉が少なくて硬い霧香の肢体。
 ミレイユにしてみれば、そんな霧香のことがまた愛しくて、照れかくしにすぎなくても、そんなニュアンスのわかる霧香ではない。
 自分の体型ではミレイユ、あまり触ってても楽しくなかったのかな。
 と霧香は気になる。
 ミレイユは、出っ張ったり引っ込んだり、そりゃもうたいしたものだけれど。
 またミレイユに視線を戻して、飽きず眺めた。
 この柔らかいまぶたが開いて、霧香を見てくれたら。
 この桜色の唇が開いて霧香の名前を呼んでくれたら。
 そう考えただけで嬉しくてどきどきする。
 霧香はじっと、ミレイユの目が覚めるのを待ちつづけた。







 ふ、とミレイユが目を開いた。
 霧香と目が合うと、優しい笑みを浮かべて言った。
「おはよ。霧香・・・」
 うれしくて勢いを得た霧香は聞いてみた。
「おはよう、ミレイユ・・・あの、笑わないでね?私がもっと胸とか大きくなったら、ミレイユもっと楽しい?」
 笑えません。
 ここでボケはいらないって・・・・と力なく心の中で突っ込みをいれたミレイユは、いたたまれず布団に沈み込んだ。
 とりあえずカラダもだけど、もっとべつの意味で大人になって欲しいわ。ホント。

 おとなになりたい。お互いにね。




END



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